杭全山 光源寺 |
杭全山 光源寺
杭全山と号し、本尊は阿弥陀如来で、もと天台宗の寺院であったのを嘉吉年間(1441〜1443)浄土真宗に改めた。第十二世のとき頽敗して二十年ばかりにもなったので大阪落城後徳川家康が末吉家に命じて復興せしめ、元和四年(1618)に落成した。
昭和三十九年六月本堂が焼失したが、同四十九年十月現本堂が再建された。
昭和二十九年四月より、光源寺幼稚園を開園し今日に至っている。 |
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「平野郷 大阪市編入五十周年誌」
発行者 平野振興会
昭和五十五年三月一日 発行 |
より転載 |
| L 真宗仏光寺派 光源寺 |
| 大阪市平野区平野本町4-11-5 |
| 06-6791-0456 |
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参考年表
嘉吉元年(1441)
元和元年(1615) |
播磨守護・赤松満祐が室町幕府六代将軍・足利義教を殺害する
(嘉吉の乱)
武家諸法度、禁中並公家諸法度が制定される |
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| 本 堂 |
鐘 楼 |
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